慶長出羽合戦と一枚の写真
これがオラに渡された、唯一の資料です。
400年前に直江兼続率いる上杉軍が畑谷の神社から持ち帰り、山形県長井市のあるお寺に置いて行った御神体です![]()
関ヶ原の合戦と時を同じくして、上杉勢の最上進行の中の一戦
「畑谷城攻防戦」で江口五兵衛光清が城主を務める畑谷城は、
前田慶次郎率いる遊撃隊により陥落したのです![]()
・・・と、これに書いてありました。
上杉軍が長谷堂城に進むまでに、ことごとく道すがらの城を落とし、その土地の御神体や仏像を集め、その十数体の彫刻を長井のお寺に置いていき、その後数年間、直江兼続がその寺にお参りに来たそうです。
十数体の彫刻は今もお寺に保管してあり、市の重要文化財になっていて、今更畑谷には帰して貰えな~い![]()
そこで畑谷の人達は、その十数体の中から畑谷から持ち出された物はどれなのか、歴史に詳しい大学教授など3人の有識者に依頼してつきとめたのが、この写真の一帯なのだそうです![]()
高校時代に読んで惚れこんだ「花の慶二」「一無庵風流記」
まさかその「前田慶次郎」に関わる仕事がオラに巡ってくるなんて思ってもいませんでした![]()
人生って不思議ψ(`∇´)ψ










































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